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ふるさと兵庫50山の最近のブログ記事

登頂日
2009年8月16日(日)
天 候
小雨
同行者
単独行
地 図
地形図 1/25,000 木津

登山口〔十倉の公園〕⇒(41分)⇒分岐〔山頂手前350m〕⇒(3分)⇒大舟寺跡⇒(3分)⇒分岐〔山頂手前350m〕⇒(10分)⇒山頂⇒(10分)⇒分岐〔山頂手前350m〕⇒(34分)⇒登山口〔十倉の公園〕








 一昨日に引き続き今日も近場の山に早朝登山に行ってきた。地元三田の名峰大船山である。天上の神々が地上に降りてこられるときに三角錐の高い山を選んだそうだ。大船山は神代の時代から三角錐の山姿を持ち、山頂には神々をお迎えするために石を組んで造った「磐境」の跡が残っている。遥か昔の湖沼時代には、このあたりは湖で、大船山は島になっており船をつないだ松があったことが名前の由来とのこと。

 三田から後川に抜ける県道37号線の十倉が登山口。県道沿いに「大舟山登山口」の標識が立っている。標識に従い県道から離れる右折。すぐ右手に集会場のような建物が建つ公園があるので、そこにバイクを駐輪させてもらい出発。青々とした稲田を左右に見ながら進むと林道に入る。池を3つ過ぎると山道に入る。薄暗い林間の谷筋を登っていくと山腹への道へと変わり、やがて波豆川方面との分岐点(山頂まで350m地点)に到着。

 分岐を波豆川方面に3分ほど行くと大舟寺跡がある。礎石がわずかに残っている程度で、解説板が立っていなければ寺院跡とは気付かずに通り過ぎそうな場所である。およそ1,400年前に創建され、西暦1,499年に廃寺とし、現在の場所(大船山山麓)に移されたとのこと。

 大舟寺跡から分岐点まで戻り山頂を目指す。分岐点から山頂までは急登が続く。トラロープの張られた急登を登りきると三等三角点のある山頂に到着。登山口から1時間ほどの行程であった。小雨が無理続いていたが、幸いにもガスはなく展望を楽しむことが出来た。

 山頂を後にして、ピストンで下山。バイクで家路に着いた。
登頂日
2009年8月14日(金)
天 候
曇り/小雨
同行者
単独行
地 図
地形図 1/25,000 福住

西軽井沢登山口⇒(50分)⇒大野山山頂⇒(6分)⇒天文台⇒(3分)⇒愛宕神社⇒(43分)⇒西軽井沢登山口








 大野山(おおやさん)に登ってきた。この山は小生が山登りを始めたばかりのころに一度登っている。お盆休みに入ったが特に予定もないので近場で軽く登ってみることにした。

 西軽井沢という洒落た名前のバス停付近にバイクを停めスタート。バス停前の標識に従って現在はほぼ廃墟の別荘地へと入って行く。別荘地を抜け渓流の流れに耳を傾けながら登る。

 やがて渓流から離れる。登山道は広く歩きやすい道が続いていく。やがて急な階段道が現れる。それを登りきると道は緩やかになる。鉄塔の横を抜け、車道を乗越え進む。やがて目の前が開けると、標高753mの大野山山頂である。

 三頭三角点のある山頂は、広い草原となっており、標高・経緯度が彫られた石碑と方位板が置かれている。天気が良ければ眺望を楽しめるのだが、今日は生憎の天気の為、ガスで真っ白なのが残念。

 この山頂にははるか昔、日光寺という山岳寺があったそうだが、今は往事を偲ぶよすがは残っていない。山頂直下はキャンプ場となっているが、この辺りに多くの寺院建造物や宿坊が建っていたのではないかと思う。

 せっかく登ってきたので天文台がある高台にも寄ってみたが、やはりガスで眺望はゼロであった。展望が楽しめないのは残念だが、霧雨が降り、気温が低めなので、暑さでうだることなく気持ちよく歩くことが出来たのがせめてもの救いである。

 長居をしても仕方がないので、ピストンで西軽井沢へと下る。往復2時間ちょっとのお散歩程度の山行であった。
登頂日
2009年5月5日(火)
天 候
晴れ
同行者
単独行
地 図
地形図 1/25,000 宮田・村雲

おおたわ広場⇒(36分)⇒小金ケ岳⇒(29分)⇒おおたわ広場⇒(28分)⇒三嶽(御嶽)⇒(20分)⇒おおたわ広場








 ゴールデンウィークの連休も残り2日となった今日、丹波篠山の小金ヶ岳と三嶽(御嶽)に登ることにした。おおたわ広場から両山をピストンする楽なコースを選択。いつも通りの早朝出発の予定だったが、自宅出発がやや遅くなり、おおたわ広場着が7:30になってしまった。(充分早いだろうってか・・・)

 出発準備を整え、さてさて、どちらの山から登ろうかと思案(ってほど大袈裟なものではないが)した結果、まずは小金ヶ岳に登ることにした。岩で造られた祠で本日の安全を祈願し登山道へと入る。登山道手前には「小金ヶ嶽 1.3Km」の標識がある。鬱蒼と繁るスギに陽射しが遮られ薄暗い道を登っていく。足元は地面から露出したスギの根が階段状になり歩きやすい。やがて目の前に丸太階段が現れる。このあたりから広葉樹林に変わり、さらに登ると前方に小金ヶ岳が見え隠れする。道は岩場が多くなり、へつりや急斜面箇所の鎖場を数箇所通過する。急登から一気に視界が開けると山頂である。

 山頂には直径2メートル程の方位盤が設置されており展望も良好である。方位盤に腰を掛け、しばしの休憩を取った後、ピストンでおおたわ公園へと戻った。

 おおたわ公園から次は、多紀連山の主峰である三嶽を目指す。こちらにも「御嶽 1.2km」の標識が立っている。登りだして気づいたのは、小金ヶ岳とは全く山の様相が違うことだ。三嶽の登山道は相対的に明るい雑木林である。

 ほど良い傾斜の道をスガスガしい気分で登っていると突然目の前に階段が出現。上を見上げるが、途中で道が屈折していることもあり、下から見る限り階段の終わりが見えない。登っている途中で見上げても先には階段しか見えてこないという、恐ろしく辛い階段である。陽射しも強く、気温も上がってきたので余計に辛い。こんなことなら、先に三嶽に登るのだったと思っても後の祭りである。「後悔先に立たず」とはこのことだ。

 地獄の階段が終わると鎖が設置された岩場などの急登がしばらく続くが、山頂が近づいてくると緩やかな道になる。石室が登山道右手に見えてくれば、山頂は間近である。この石室は、三嶽を開いた役行者の像が祀ってるとのことだが、中をのぞいてみると荒れた状態であった。この先の火打岩方面への分岐からひと登りで山頂である。

 三嶽の山頂にも小金ヶ嶽と同じ方位盤が置かれており。その方位盤の袂に一等三角点の標柱が埋まっている。展望もよく、コバノミツバツツジのピンクとその先に拡がる新緑の山々のコラボが生みだす景観が最高であった。

 三嶽を後にしピストンでおおたわ公園へと戻る。小金ヶ岳・三嶽の二山登頂に要した時間は、休憩時間も含め2時15分とお手軽な山行であった。

 ゴールデンウイークの5連休中の3日を丹波の山行で過ごした。3日ともバイクで移動したのだが、走行距離280kmというのに驚きである。弥十郎ケ岳と今日のおおたわ公園は三田市のお隣の篠山市なのに・・・ 丹波は広いなーと実感!
登頂日
2009年5月3日(日)
天 候
曇り
同行者
単独行
地 図
地形図 1/25,000 福住

竹谷林道入口(後川)⇒(14分)⇒登山口⇒(52分)⇒弥十郎ケ岳山頂⇒(56分)⇒篭坊⇒(42分)⇒竹谷林道入口(後川)








 昨日に続き、ふるさと兵庫50山の一つである弥十郎ケ岳に登ってきた。特に「ふるさと兵庫50山」を意識して登っている訳ではない。交通費節約を考えバイク(125CCなので高速道路は走れない)で移動できる範囲で登ったことのない山で選択したら、偶然にも兵庫50山の山だったということである。

 後川(しつかわ)の竹谷林道入口にバイクを停め出発。林道を15分ほど歩くと山頂への標識があり、林道から離れて山道へと入って行く。沢沿いの道をしばらく進むとトラロープの張られた丸太橋がある。トラロープに頼ることもなく橋を通過すると竹谷の滝があるが、水量が乏しくイマイチであった。

 その先やや開けた樹林に出るが、ここから色々な方向に踏み跡が出きている。(植林か何かの工事が入っており、その影響かと思われる。)どの道を取るのが正解かわからないので地図を取り出し確認して進む。この先も踏み跡が不明瞭な箇所や緑の苔で覆われた倒木を何本も乗越えて進んでいく。竹谷林道口に案内板まで出しているハイキングコースとは思えないようなコースである。

 篭坊温泉からの出合いを過ぎ、しばらく登ると山頂に到着。北方向に展望が広がるが足元は樹林が遮り見下ろせないのが残念である。山頂で休憩、持参のおにぎりを食べ、写真を撮って下山することに。

 登ってきた道を引き返し「八上山」と彫られた石標と道標のある分岐で往路から分れ篭坊温泉方面に下山する。数度のアップダウンを繰り返し、農文塾と篭坊への分岐に辿り着く。この分岐を篭坊への谷筋を下る。篭坊への谷筋も落ち葉や倒木により踏み跡が不明瞭な箇所が数箇所あるが、先人のテープを目印に歩くと迷うことはない。

 登山道も終わりに近づくとやや広い道となるが、ここも周りの杉植林の間伐材が何箇所も道を塞いだ状態である。途中、溝に丸太橋が架けてあるが、朽ち果てており渡るのは危険。誰も渡らないであろうその丸太橋の右横にしっかりと溝を渡る道が出来ていた。

 やがて車道に出て下山完了。ここから車道をスタート地点の竹谷林道まで、のどかな田園風景を楽しみながら戻った。
登頂日
2009年5月2日(土)
天 候
晴れ
同行者
単独行
地 図
地形図 1/25,000 柏原

丹波悠遊の森 第1駐車場⇒(43分)⇒高見城山⇒(49分)⇒鉄平石採石場跡⇒(8分)⇒石戸山⇒(78分)⇒丹波悠遊の森 第1駐車場








 香良の里を後にし柏原の丹波悠遊の森へと向かった。

 丹波悠遊の森の駐車場から丹波悠遊の森の中を高見城山へと向かう。キャンプ場を通り抜け、その先の炭焼釜の横から山道に入る。樹林帯の急な坂をしばらく登ると展望台との分岐にでる。高見城山まで950mの地点だ。展望台はパスし高見城山へと左に道を取る。

 ここからジグザグに付けられた山道を登って行く。途中遊歩道から分れ高見城山へと道を取る。しばらく登ると小さな祠が現れ、祠を過ぎると高見城山(485.2m)の山頂に飛び出す。駐車場から約45分である。

 高見城山の石標と木の簡易ベンチが設置されており、その前には四等三角点が埋まっている。山城跡だけに360度に拡がる展望は抜群。陽も高くなってきて、気温も上昇してきたので、バテ防止のため、少し長めに15分程休憩を取り出発。

 山頂から南に急降下すると、もとの遊歩道に合流。前方に見え隠れする石戸山であろう。ってことは、かなり下って登り返さなければならないのでは・・・。予期したとおりに山道はどんどんと下っていく。下りは楽ではあるが、この先の登り返しが、しんどいやろなーなどと考えているうちに鞍部に到達。

 当然のように登り返しのキツイ登りが始まった。キツイだけならまだしも、足元に堆積した落葉が滑り登り辛い。滑らないように気を付けながら登っていくと、落葉の道からガレ場へと変わってくる。通称「賽の河原」と呼ばれる鉄平石採石場跡である。「賽の河原」という名に相応しく(?)石が積み上げられている場所を通り過ぎ、しばらく登ると、石戸山(548.8m)に到着。

 石戸山山頂は、雑木に囲まれ展望は無い。保護石に囲まれた一等三角点の大きな標柱が埋まっているだけの殺風景な山頂である。石戸山から遊歩道をそのまま進んでいくと、石龕寺へ下りれるのだが、そちらに下りてしまうと丹波悠遊の森まで戻るのが大変なので、今回はピストンで丹波悠遊の森に戻った。

◆ 高見城
 高見城は嘉暦二年(1327)丹波国守護職にあった仁木頼章が築いたもので、本丸は高見山の山頂にある。
 室町時代の後期には赤井家清が城主となったが、天正七年(1579)織田信長の命を受けた明智光秀の兵火によって落城した。
(丹波悠遊の森内案内板より抜粋)
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