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登頂日
2010年3月7日(日)
天 候
小雨
同行者
囲炉裏村メンバー21名と灰形山で合流

神戸電鉄有馬温泉駅⇒太閤通⇒妙見寺⇒落葉山⇒灰形山⇒落葉山⇒妙見寺⇒太閤通






しばらくおまちください

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登頂日
2010年2月20日(土)21日(日)
天 候
快晴
同行者
囲炉裏村メンバー5名+2名










 山の大先輩からお声がけをいただき明神平に行ってきました。20日の午後12時半に西名阪国道の香芝サービスエリアに集合。途中買出しをして明神平登山口の大又林道を目指す。

 登山口の駐車場にテントを設営、夕食の準備。夕食のメニューは、昨年の晩秋、同じ場所で前泊し明神平に登った時に評判が良かった「もつ鍋」である。寒い日には鍋が身体が温まり最高である、夕食も進んだところで、一週間後に誕生日を迎える女性メンバーの誕生日を祝うバースデーケーキが登場。みんなでHappy Birthdayの歌を唄いお祝いをする。

 まだ夜が明ける前にテントから這い出し、空を見上げると満天の星空。しばらく寒さも忘れて星空を眺めていると流れ星。当然願い事をする暇もなく流れて行った。

 朝食後、テントを撤収し明神平へ出発。昨秋訪れた時に台風で流された林道は奇麗に補修されていた。林道終点手前でアイゼンを装着し山道に入る。谷を流れる沢の岩には氷柱ができている。山の上を見上げると雪化粧。これは霧氷が期待できると大喜び。

 明神平が近づくにつれ霧氷の付いた樹々が増えてくる。これで陽が射してくれれば最高なのだが残念なことに曇天。なおも登り明神平手前の水場あたりから少し陽が射しはじめ、明神平に到着時には快晴となった。真っ白な雪に覆われた明神平の台地に霧氷の花を咲かせた樹々と真っ青な大空のコントラストが最高の景色を創り出す。

 明神平の東屋でアイゼンからスノーシューに履き替え前山に向かう。前山で雪遊びをすることになった。みんな思い思いに前山で雪遊びを楽しむ。小生も昔、子供のために買ったヒップそりで斜面を滑り楽しむ。ヒップそりは好評でみなさん楽しく滑っていた。特にTさんは、見事(?)なV字開脚で滑降していた。

 しばらく遊んだ後、温かい「ぜんざい」をいただく。普段ぜんざいなど食べることはほとんどないが、寒い雪山で遊び疲れた身体には最高である。

 その後、一時間ほど森の中をスノーシューハイクを楽しみ明神平へ戻る。明神平で再びアイゼンに履き替え、名残惜しい快晴・霧氷の明神平を後にし下山。

 昨年8月の緑輝く時期と今回の陽射しに照らされ最高の美を創出してくれた雪と樹氷と真っ青な大空。昨晩秋は天候には恵まれなかったが、台風による林道崩壊と心に残る山旅をさせてくれる明神平。また、そんなに遠くない時期に来そうな気がする。

 同行いただいたみなさんありがとうございました。楽しく有意義なそして童心に返って遊ぶことができた二日間でした。
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海見山迷走

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登頂日
2010年2月14日(日)
天 候
曇り
同行者
ほぼ単独




 今日は地元の海見山で囲炉裏の低山オフ会が開催された。地元丹波の海見山であるが、未だ登ったことのない山だったので、是非参加したかったのだが・・・。

 来年度の自治会班長に決まっており、今日は役員を決める会合が午前11時からあった 会合をすっぽかして山に行くわけにもいかず参加はあきらめていた。

 11時からはじまった会合は40分ほどで終了。会長になったらどうしようと思っていたが、抽選の結果、会長職はまぬがれた。全員が何らかの役員に選出されるのだが「体育振興委員」とかいうのに選出された。

 ってことで、早く終わったのでオフ会への途中合流することに。皆とは逆方向から海見山を目指す。

 海見山の山頂(519m)まで登ったところで電話を入れると、海見山は通過して柏野山に向かっているとのこと。登ってきた道を下り、丸太橋の掛かっている所を海見山と逆方向に進んでいるようだ。

 ダッシュで登ってきた道を駆け下りる。丸太橋まで下ると、確かに海見山への登りと分岐で道がある。そちらの道に入ると平坦な道が続く。その道をひたすら走る続けるが、皆に追いつかない。

 何かおかしいぞと地図を確認。やっぱ道を間違えてる。丸太橋のところで、もう一本道があったようだ。

 引き返すのも面倒なので、そのまま進み途中から藪こぎなどしながら下山。下山地点で、皆の下りてくるのを待つことにした。下山後20分ほどで、みんなが下りてきた。下山口からJR草野駅まで一緒に歩く。短い時間であったが、皆と合流できて良かった。

 皆さん、お騒がせをしご迷惑をお掛けしました。
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登頂日
2010年2月13日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー13名

阪神魚崎駅⇒灘魚崎郷浜福鶴⇒保久良梅林⇒金鳥山⇒風吹岩⇒ロックガーデン⇒高座の滝⇒阪急芦屋川駅








 昨年に続き今年も囲炉裏のオフ会で灘の新酒を味わう「ほろ酔いウォーク」が開催されたので参加することにした。昨年は、灘五郷の酒蔵5件と甲南漬武庫の郷を巡り、山はなかったのだが、今年は、昨年巡った中で、一番良かった浜福鶴で灘のお酒を試飲後金鳥山という企画である。

 集合場所の阪神魚崎駅から住吉川沿いに浜福鶴へ。今年も名物杜氏の米治さんに蔵や酒造りの説明を受けることができた。説明終了後、1階の下り試飲コーナーへ。新酒やにごり酒、しずく酒、柚子やレモン等の果実酒、甘酒などなど沢山試飲させていただいた。

 酵母が発酵して出す炭酸ガスを含んだ微発泡にごり酒『蔵出し生にごり酒』と四国産の完熟ゆずと日本酒のコラボ『柚子日和』の2本を購入。

 浜福鶴で米治さんにも入っていただきバンダナショットを撮影後、浜福鶴を後にし金鳥山へと向かう。途中の保久良梅林で昼食。すでに花を開いている木もあるが、大半の木がまだ蕾状態で少し残念。

 保久良梅林から金鳥山へ向かう途中で、小生を含め5人が先頭集団で後続と少し間隔があいてしまった。登山道から離れ金鳥山の三角点に立ち寄る。登山道に戻り、後続の到着を待つが現れない。遅いなと思っているとhidetyanの法螺貝の音が聞こえてきた。音の方角が既に先のほうから聞こえる。携帯で連絡を取ると、既に風吹岩に到着しているとのこと。金鳥山の三角点に寄らずに先へ進んだそうだ。我々も風吹岩へ走る。

 風吹岩で皆と合流。酒蔵だけではなく山にも登ったという証拠として、本日2ショット目のバンダナショットを撮影。風吹岩からは、ロックガーデン中央稜から高座の滝を経て阪急芦屋川駅に下る。芦屋川駅前で解散。阪急、阪神、JRとそれぞれ帰路に着く。小生は有志3名(なんの【志】じゃー)と駅近くの小汚い中華料理屋で、揚げワンタン(美味しいよ!)をあてに生ビールをいただいてから帰宅した。
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■参加メンバー
hidetyan・maruさん・わーちゃん・どんかっちょ!さん・こごせさん・papaさん・pekoちゃんぐーちゃん・はやぽんさん・りっこさん・SAMさん・なかじ?さん・濱やん・大将 以上14名
登頂日
2010年2月6日(土)
天 候
同行者
囲炉裏村メンバー4名









 今日は待ちに待ったスノーシューデビューの日である。昨シーズンに購入したスノーシューを初めて使う日がやってきたのだ。ここ数日の寒さで雪は十分あると考えられる。ただ天気予報は思わしくない。吹雪くなんて事をおっしゃってやがる。好天の青空のポカポカ陽気の中、深雪をザクザクっと踏みしめながら雪上ハイクと洒落こみたいところである。

 AM6:30に神戸電鉄湊川駅で車にピックアップしてもらう。途中加古川のマックスバリューで女性人2名をピックアップ。もう1名との待ち合わせ場所である。道の駅はがへ向かう。晴れてくれたらいいなーという思いとは裏腹に姫路西バイパス走行中に雪が舞い落ちてきた。29号線を北上しだすと雪はひどくなってくる。山崎近辺まで来ると積もりだしている。そんな中携帯に着信。中国道山崎出口前で渋滞しているとの事。こちらも山崎インター付近だったので、待ち合わせ場所を道の駅やまざきに変更。

 全員揃って目的地の若杉高原大屋スキー場を目指す。現地が近づくにつれ積雪量が増えてくる。その関係で走行速度も遅くなり、大屋スキー場到着は10:25、予定よりかなり遅れての到着となった。今日の予定コースは、リフトで上まで上がり、そこから兵庫50山と宍粟(しそう)50山に選出されている藤無山までのピストンである。

 早々に準備をして出発。スキー場の第1リフトで山上に登り、ゲレンデへ向かう楽しげなスキーヤー&スノーボーダーとは逆方向の林道に入る。ここでスノーシューを装着。5人のうち女性2名と小生がスノシューデビューである。

 皆の準備ができるまで、ふかふかの新雪の上を歩いて、はじめてのスノーシューの感覚を味わってみる。思ったより歩きやすいので一安心。(後で苦労が待っていることなど、その時は全く思ってもいなかった。)

 林道から尾根筋に取り付く。しばらく登りが続くが、特に問題なく進んでいく。段々と登りの傾斜がきつくなってくる。すると・・・んっ登れないぞっ・・・ 1歩進むと半歩滑り落ちる。ひどい時には1歩進むとその1歩分丸々滑り落ちる。要するに全く登れていない状態。ストックで踏ん張って少しずつ登っていくのが精一杯。しかし先行先輩お二方はどんどん登って行かれる。

 そんな急登攀がしばらく続き、雪が降り続き気温も低いにもかかわらず汗だく状態。最終的に「こりゃ、ダメだ!」ってことでスノシューをはずし登った。先輩お二方の登攀に適したスノーシュー(お二人とも同じスノーシューを持っておられ、自宅に戻ってからネットで調べたら、そのような説明書があった。)小生のは、ネットで購入した安物。やっぱ、ちゃんとしたのを買わにゃならんってことだ。

 ちょっとしたピークに出たのでここで昼食。女性メンバーのひとりが誕生日ということで、食事前にバースデーケーキをいただく。「お誕生日おめでとう!!!」山上でバースデーケーキを食べたのははじめての経験である。もちろん山上で祝われたのもはじめてとのことだった。

 昼食後、先に進むがP982の地点で、前方の藤無山までは、まだまだ時間が掛かりそうだったので、ここで撤退することに。残念ではあるが雪山での無理は禁物。ピストンで第1リフト上まで戻り、そこからは、ゲレンデの隅を通らせていただいて駐車場まで戻った。

 スノーシューを買い替えたいが経済的にすぐには無理なので、登攀のない雪原ハイクなどお誘いいただければ、しっぽを振って付いて行きますので、その様な企画がある方はお声掛けくださいませ。
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登頂日
2010年1月31日(日)
天 候
曇り/小雨
同行者
囲炉裏村メンバー2名+2名

みつえ青少年旅行村⇒三峰峠⇒三峰山(1,235m)⇒八丁平⇒新道峠⇒みつえ青少年旅行村








 昨日のメンバーに2名加わり5名で三峰山登山口のみつえ青少年旅行村へ。午後から雨の予報であったが、準備をしているとパラパラと降ってきた。

 みつえ青少年旅行村を出発。登山口の看板に導かれ車道から離れると、通称「大タイ」と呼ばれる谷筋である。大タイから登り尾登山道に入り尾根伝いに登っていく。登山口から30分ほどのところに山小屋がある。この山小屋の前までは車が入れるので、宴会場所として利用されることもあるとか・・・。山小屋から少し上に、建設中のログハウス調の小屋がある。村の木を使って、このようなログハウスが建てれますよっていうモデルルームを兼ねた設備になるようだ。

 杉林の尾根を登っていくとバンダナとニット帽をかぶったお地蔵さんがポツン。バンダナ地蔵と呼ばれ親しまれているとの事。

 この時期は霧氷まつりが行われ、例年であれば雪に覆われ、霧氷や樹氷が楽しめるとの事だが、ここ数日の温かい陽気で雪はほとんどない。それでも高度を稼ぐにつれ、登山道には踏み固められた雪がアイスバーン状に残っているのでアイゼンを装着。

 アイゼン装着地から少し登ると三峰峠に出た。左が山頂方向。下りはここを右方向とのこと。まずは山頂へ。山頂には一等三角点(点名:三嶺山 標高:1235.21m)が置かれている。ここで村民外の2名にも加わっていただきバンダナショット撮影。

 山頂から八丁平を回り三峰峠に戻った。八丁平は、山頂から三重県側に少し下ったところにある平原状の鞍部。一面雪景色に覆われ絶景のはずだったのだが・・・ それでもガスが薄っすらとかかった平原は幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 三峰峠から緩やかなアップダウンの続く尾根筋を新道峠まで歩く。天気がよければ随所に展望が開け景色を楽しみながら歩けるそうだ。が、何度も書くが今日は雨で眺望なしである。

 新道峠からは下りとなる。一気に下り林道へ。林道を下っていくとみつえ青少年旅行村である。雨が本降りになる前に下山しようと昼食タイムを取らず行動食で済ませていたので、旅行村の休憩所でランチタイム。休憩所の前では特産物を売っている。お店の昔はお姉さまだった女性が小皿に試食用の漬物を山盛り持ってきてくださった。何種類か盛ってあった漬物は自家製との事。どれもこれも美味しかった。沢山は買って帰れないので、赤かぶ漬を2つ購入。そこそこ大きい赤かぶがひとつ100円と値段もリーズナブル。

 樹氷や霧氷が見れなかったのは残念だが、それは次回のお楽しみに取っておこう!今回は2日間にわたりご案内いただいた山仲間に感謝!そして、ご一緒いただいた皆さんありがとうございました。
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登頂日
2010年1月30日(土)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー2名









 奈良在住の囲炉裏村民の方にお誘いをいただいた。二上山に登り、温泉に入ってから別宅にお招きいただき、たこ焼きパーティー。そのまま泊めていただき、翌日三峰山に登る企画である。当初、小生を含め3名でお邪魔する予定であったが、1名が体調不良のため不参加となり、2名でお世話になることになった。

 二上山は、奈良県と大阪府の境(金剛山地の北部)に位置する、雄岳(517m)と雌岳(474m)よりなるトロイデ型火山。 約2000年前まで活火山として噴火活動をしており、石器の材料となる讃岐岩(サヌカイト)を噴出。近畿地方で発掘される石器のほとんどが二上山産のサヌカイトで作られたものと推定さるそうだ。現在は『にじょうざん』と呼ばれているが、かつては大和言葉による読みで『ふたかみやま』と呼ばれていた。また、雄岳、雌岳の双峰からなるその雄偉な山容は、万葉人に神聖視され、万葉集では、大津皇子の悲劇にまつわる山として有名である。

うつそみの 人にあるわれや 明日よりは
        ふたがみ山を いろせ とわが見む  [大伯皇女]

 近鉄大和八木駅に車で迎えに来ていただき二上山登山口へ。早々に準備を整え出発。最初は緩やかなのぼりであったが、祐泉寺を越えたあたりから急登となる。途中で下ってきた単独の女性が、同じ奈良の山の会に所属されている方ということで、明日三峰山にご一緒することとなった。

 登りながら先を見ると稜線かなと思える所が見えてきた。その登りつめたとこが馬の背で、右へ行けば雄岳、左が雌岳である。まずは雌岳へ向かう。そこからわずかに登ると雌岳山頂に到着。山頂からは眺めが良く、先週登った龍王山も対面に見える。

 山頂で、団子庄のおだんごをご馳走になりながらのコーヒーブレイク。囲炉裏村のはんなりオフで大和三山を回った時に食べたおだんごである。早いもので、あれから1年になる。

 雌岳を後にし雄岳へ向かう。雄岳は雌岳と違い展望はなし。雄岳の山頂は、葛木二上神社の境内である。本社の東側には大津皇子の墓がある。雄岳では200円徴収されることがあるとのことだったが、この日は徴収されなかった。この200円は何だろうと調べてみたら美化保存協力券を購入させられるようである。その券には以下の文書が印刷されているそうな。

二上山雄岳山頂の葛木二上神社境内地は激増する登山者により荒廃甚だしく、ゴミはもとより本殿、拝殿、社務所、参篭所(休憩所)もその犠牲になり、果ては、周辺の森林までも荒らされ、これが解消の見込みも立たず、この程、止むなく下記美化保存協力券を発行するに至りました。 
葛木 二条神社 

 展望もないので、長居することもなく下山。下山地にはこれまた二条神社があった。雄岳山頂の葛木二上神社と関係があるのかは定かではない。(面倒なので調べてない)

 温泉に入り汗を流し買出しをした後、別宅にお邪魔する。ワイワイとたこ焼きを自分たちで焼いて食べるのは美味しいく楽しい!ついついアルコールの量も増えてしまう。途中から奥さんも来られ4人で楽しく語らい、食べ、そして飲ませていただいた。

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登頂日
2010年1月24日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー5名

近鉄長谷寺駅⇒西国三十三所番外札所 法起院⇒西国三十三所八番札所 長谷寺⇒龍王山⇒山の辺の道⇒近鉄桜井駅








 西国三十三所巡礼をはじめたものの、遠方の観音霊場には、なかなかお参りに行けないのが実情。そんな中、囲炉裏村で『長谷寺の寒牡丹と竜王山』というオフへの誘いがアップされた。観音霊場巡礼&山&山の辺の道散策という贅沢な企画、早々に参加表明をさせていただいた。

 午前9時半に近鉄長谷寺駅集合であったが、参加表明者4名が揃ったので出発。まずは長谷寺へ向かう。長谷寺の門前街を歩いていると「西国三十三所番外札所 法起院 すぐそこ→」の看板が目に飛び込んできた。看板の所で、指し示す方向を見ると、ほんとにすぐそこが法起院だ。先に行ってもらうことにしてお参りとご朱印をいただくことにした。今回は、オフへの参加なので長谷寺近辺に札所があったとしても参拝できないので、長谷寺のみと思っていたが二ケ寺巡拝できたのはラッキーだ。

 法起院でお参りを済ませ長谷寺へ。仁王門で先行のメンバーに合流。綺麗に咲いている寒牡丹を観ながら本堂へと続く登廊を登る。本堂でお参りを済ませ、ご朱印をいただき納経所を出ると濱やんとようちゃんが追いついてきた。9:31長谷寺駅着の電車だったとのこと。

 ドタ参の2名を加え総勢6名となった。五重塔の脇から墓地を通り過ぎ山道へと入る。道は細いがはっきりとしている。際立った急登もなく、目立ったピークを通るわけでもない。淡々と山道を進む。初瀬山に向かっているはずだが山頂と思われるピークも踏んでない・・・、などと思っていたら、初瀬山の山頂は巻いて通ったようだ。

 初瀬山から下り、登り返し龍王山山頂に到着。山頂からの二上・葛城・金剛それに奈良盆地、時には明石大橋まで望めるとか・・・ 明石大橋など見えるはずもなく、耳成山と畝傍山の奥に金剛・葛城の山が広がっていた。その昔、龍王山には山城が築かれ、北城と南城に分かれ遺構が残っている。奈良県に残る城跡では最大級の規模であり、尾根上に郭が続き天然の要塞砦となっている。二等三角点のある龍王山の山頂広場は南城本丸跡ということだ。

 龍王山から柳本へ下り山の辺の道に合流。さすがはハイカーに人気の山の辺の道、好天ということもあり、多くのハイカーが大和の古道を楽しんでいた。崇神天皇陵、景行天皇陵、桧原神社、三輪明神を通り桜井駅へと戻った。
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■参加メンバー
しろさん・やっほーさん・ワルツさん・濱やん・ようちゃん・大将 以上6名
参拝日:2010年1月24日(日)
第八番札所 豊山 長谷寺
御 詠 歌
いくたびも 参る心は はつせ寺 山もちかいも 深き谷川
御本尊
十一面観世音菩薩
宗 派
真言宗豊山派(総本山)
開 基
徳道上人
開創年
朱鳥元年(686年)
所在地
奈良県桜井市初瀬731-1   TEL:0744-47-7001
拝観料
500円
 URL


西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆豊山 長谷寺
 当山は山号を豊山( ぶさん )と称し、寺号を長谷寺( はせでら )と言い、正式には豊山神楽院長谷寺と申します。

 「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地を昔は豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)など美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。

 朱鳥( あかみどり )元年(686)道明(どうみょう)上人は、天武天皇のおんために銅板法華説相図( 千仏多宝仏塔 )を西の岡に安置、のち神亀四年( 727 )徳道(とくどう)上人は、聖武天皇の勅を奉じて、衆生のために東の岡に十一面観世音菩薩をおまつりになられました。

 上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場巡拝の開祖となられた大徳であり、当山を三十三所の根本霊場と呼ぶいわれであります。

 現在の長谷寺は、真言宗豊山派の総本山として、 また西国三十三観音霊場第八番札所として、 全国に末寺三千余ヶ寺、 檀信徒はおよそ三百万人といわれ、 四季を通じ「花の御寺」として多くの人々の信仰をあつめています。
(長谷寺ホームページより引用)
参拝日:2010年1月24日(日)
番外札所 豊山 法起院
御 詠 歌
極楽は よそにはあらじ 我が心 おなじ蓮の へだてやはある
御本尊
徳道上人像
宗 派
真言宗豊山派
開 基
徳道上人
開創年
天平7年 (735年)
所在地
奈良県桜井市初瀬776   TEL:0744-47-8052
拝観料
無料
 URL


西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆豊山 法起院
 徳道上人は斉明天皇の御宇二年(西暦六五六年)、播麿の国矢田部の里で誕生なさいました。 その容貌は気品に満ち、眼は真澄鏡(ますみかがみ)のように美しく清らかで、髪の毛は 梳(くしけず)れば滴(したた)るように黒く艶やかに光り、深くたたえられた優雅さと聡明さに里人達は目を見張ったそうです。 成長されるにしたがって読書を好み、手に筆を持つことを無上の楽しみとし、神童との噂の中で 連日精進をお重ねになりました。しかし、突然起こった不幸は上人の父を奪い、そして数年の後には母も 不帰の客となったのです。

 仏の道を極めることこそ人間に生まれた最高の道であり、 亡き父母の菩提を弔うことが今の自分にとっては、真実の報恩であろうと大悟徹底された上人は、当時我が国随一の大名僧であった大和長谷寺の道明大徳との間に師弟の契りをお結びになりました。 約十年間の修行の後、智道兼備の名僧となられた上人は、大和の長谷寺、鎌倉の長谷寺をはじめ諸国に四十九ヶ所の寺院を建立されました。その中でも大和の長谷寺では本尊大観音を御造立されました。

 前記の養老二年の春、突然の病のために仮死状態にあった上人は、夢の中で閻魔大王にお会いになり、悩める人々を救う為に三十三ヶ所の観音菩薩の霊場を広めるように委嘱され、そして三十三ヶ所の宝印を与えられて仮死状態から解放されました。上人は三十三ヶ所の霊場を設けましたが、人々は上人を信用しなかったので、やむなく宝印を摂津中山寺にお埋めになったと伝えられています。

 二百七十年後の永延二年(西暦九八八年)に、花山法皇がこの宝印をお掘り出しになり、今日の三十三ヶ所を復興なさいました。
(法起院ホームページより引用)

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