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登頂日
2012年1月22日(日)
天 候
曇り→晴れ
同行者
9名








 山仲間から誘いを受け、3年ぶりに2度目の綿向山に行くことになった。神戸電鉄田尾寺駅でピックアップしていただき、中国道・名神と車を走らせる。八日市ICで高速をおり、30分程で御幸橋駐車場(登山者用無料駐車場)だ。ここに3台の車で総勢10名が集合。

 駐車場から川沿いの林道を緩やかに登っていく。天然記念物の「綿向山麓接触変質地帯」などという、説明を読んでも良よくわからない地層を右手に見ながら進んで行くと「表参道登山口」だ。この登山口には、「鈴鹿国定公園 綿向山」と彫られた立派な石碑とヒミズ谷出合小屋が建っている。この登山口からの主な登山ルートは、表参道を登るルートと水無山経由のルートがある。

 我々は、谷川に掛かった橋を渡り表参道を登る。杉の植林帯の九十九折れの道が一合目二合目と続き、三合目の手前で林道に出る。林道から山道に戻ってすぐに「あざみ小舎」と名付けられた小屋がある。ここで一本取る。三合目手前あたりから、登山道を雪が覆いだしていたので、休憩ついでにアイゼンを装着することにした。

 あざみ小舎から15分ほどで五合目小屋が建っている。先ほどのあざみ小舎と比べると、かなり立派な小屋だ。この五合目小屋は、2004年に綿向山を「愛する会(WAK)」によって26年ぶりに改修されたそうだ。入り口には、テラスが設けられ鐘が吊り下げられている。「夢咲の鐘」と名付けられたこの鐘は、この小屋を建てた若者たちの夢を咲かせ続けようと言う思いが込められているそうだ。

 七合目の行者コバを過ぎたところで冬期直登ルートに入る。この急登を登りきると綿向山の頂上は眼の前。ゆっくりと雪を踏みしめ山頂に到着。登り出しでは曇ってたが、山頂に近づくにつれ天候は回復の兆しをみせ、期待できないとあきらめていた眺望も楽しむことができ最高である。

 山頂で恒例のバンダナショットを撮影した後ランチタイム。本日の昼食は、カップ麺と冷凍ピラフ。当然だが、冷凍ピラフはフライパンで温めてから食するのであって、いくら残飯処理班班長の小生でも凍ったまま食べたりはしない。

 同じルートを下るのも面白くないということで、水無山方面に下山。こちらの道は表参道とは違い、ほとんどハイカーが歩いてないのと暖かい陽射しで緩んだ雪に足をズボズボ埋もらせながらの下山。水無山への分岐から先は、水無山を捲いていく雪の斜面のトラバースが延々と続き、林道を経て再び山道に戻り下ると往路にも通った表参道登山口に戻った。

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登頂日
2012年1月14日(土)
天 候
曇り
同行者
囲炉裏村メンバー3名+1名








 囲炉裏の仲間のRさんにお誘いを頂き、生涯2度目(そんな大袈裟な書き方をするほどでもないのだろうが・・・)の金剛山に登ってきた。山をはじめて4年近く一度も登ったことがなかった金剛山だが、昨年11月に初登頂・・・といっても山頂は踏まなかったのだ。それから、わずか1ヵ月半で2度目の金剛山行きが実現。今まで登る機会に恵まれなかったのが不思議なくらいだ。

 今回はツツジ尾谷からハゲ山を経て山頂へ。残念ながら途中の一の滝・二の滝の氷爆を見ることはできなかったが、山頂付近まで登ると樹氷は見ることができたので良しとしよう。

 山頂では、山名表示板とその横の時計や売店横のかまくらとWEB・BLOGや囲炉裏のバンダナショットで見慣れた風景が広がっていた。

 暖かい売店の中で昼食。Nさんにビールをご馳走になり、持参のおにぎりと温かいおでんでお腹を満たす。デザートは、Iさん差し入れの餡ドーナツ。同行の皆さんと楽しくゆっくりとしたランチタイムを過ごすことができた。氷点下の屋外では、こうはいかないだろう。

 着いて歩くだけだったので、何と言う道かはわからないが、往路で登ったハゲ山を通らず下山。 途中で往路の道に合流しそのまま下山した。

 金剛山には、多くの登山道があるようなので、季節を楽しめるコースを色々と歩いてみたいものである。今回ご案内いただいたNさんとJさん、そしてお誘いいただき、車を出していただいたRさんに感謝!

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西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

 元旦の中山寺からはじめた西国巡礼二巡目の二寺院目、兵庫加東市の播州清水寺にお参りしてきた。播州清水寺は番外を除く三十三札所の中では、我家から最も近い寺院である。ちなみに一番近い寺院は、番外札所の花山院だ。最初の巡礼は、いきなり番外札所の花山院からの開始であった。

 播州清水寺の徒歩登山口までは、我家から車で20分弱。徒歩登山参拝者専用駐車場に車を停め、18丁(約2Km)の参道を登る。この道、昔は表参道だったそうな。やがて古くて長い石段が現れる。その昔は寺の正面だった場所とのこと。現在の仁王門は、自動車登山道側に昭和55年に以前の場所から移され再建。再建前の仁王門は、この古びた石段のあたりに建っていたのではないだろうか。

 石段を登りきると、西国二十五番札所の大講堂はすぐ。この大講堂は、播州清水寺にふたつある本堂のひとつ。もうひとつは、大講堂から80段の石段を登った場所に建つ根本中堂。大講堂は千手観音様、根本中堂は十一面観音様が御本尊として祀られている。

 早朝の参拝ということもあり、寺院内はひっそりと静まりかえっている。他の参拝者の姿も見えない。寺院内を一通りまわってから、大講堂に入ると、内陣ではお勤めの最中であった。小生も外陣の正面に座し礼拝。お勤めが終わったところで納経帳と笈摺に御宝印をいただく。御宝印をいただいた後、軸装納経帳を巻き戻していると内陣から出てこられた住職に話しかかられ、少しお話をさせていただいた。

 下山も往路と同じ道を下る。元旦の中山寺とはうってかわり、静かな山寺の雰囲気を満喫させてもらった参拝であった。
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登頂日
2012年1月3日(火)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー24名

清滝バス停⇒表参道⇒愛宕神社参拝⇒表参道⇒ケーブル山頂駅舎跡⇒水尾分岐⇒ツツジ尾根⇒荒神峠⇒JR保津峡駅







 今年も初登り&初詣で愛宕山に登ってきた。毎年恒例となっている、囲炉裏のTちゃん主催のオフ会である。昨年は開催日の関係でTちゃん主催のオフ会には参加できなかったが、囲炉裏の仲間と1月2日に登ったので、今年で4年連続の愛宕山初詣登山となった。

 Tちゃんの呼びかけに集まった20数名で、清滝バス停からぞろぞろと表参道を登る。例年のごとく七合目あたりから雪道となり、これまた例年のごとく黒門で軽アイゼンを装着。

 愛宕神社石段下で別行動で先行していたKさんと一緒にバンダナショットを撮影後、本殿参拝。

 昼食は、愛宕山の三角点で先行し竜ヶ岳まで登ってきたHやんと合流しての予定であったが、Hやんが三角点で待ちきれず神社まで下って来たので、予定を変更し神社参道脇の休憩所で食べることになった。

 この時期、参拝登山者で満員状態になる休憩所だが、昼食開始が1時過ぎと遅めだったので休憩所内は空いており、全員休憩所内に入ることができ、またゆったりと昼食をとることができた。

 下山途中、表参道からそれ、昭和19年に戦況悪化の為廃止となった、愛宕ケーブルの山頂駅の廃墟に立ち寄る。往時は山頂駅周辺にホテルやスキー場・遊園地があり多くの人で賑わったそうだ。

 表参道まで戻り、しばらく下り、水尾別れの先から表参道を離れ、ツツジ尾根からJR保津峡駅に下山。今年最初の山行を無事終了することができた。

 JRで京都に移動し、お待ち兼ねのアワアワタイム。これまた恒例の駅前のビアホールで美味しいビールと楽しい一時を過ごしお開きとなった。

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西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

 2012年元旦の本日、初詣と西国三十三所巡礼で兵庫県宝塚市の中山寺にお参りしてきた。

 中山寺は、聖徳太子の創建で日本最初の観音霊場。安産の神様としても有名。我家から近いこともあり、長女誕生時に腹帯をいただいたり、次女の七五三詣りなどなどお世話になり、馴染み深い寺院のひとつである。

 西国三十三所巡礼は、昨年12月11日に美濃の谷汲山華厳寺参詣で満願となり、早々に先達申請を行っていた。先任先達様のブログなどによると、申請から約1ヶ月ほどで、先達授与品(頭陀袋・輪袈裟・軸装納経帳・名札)が送られてくるとの事だったので、年内は無理とあきらめていたのだが、歳の瀬も押しせまった大晦日に受け取ることができた。

 ということで、新年初日の本日、二巡目を開始することが出来た。元旦から始められるって、何となく気分が良いものである。

 中山寺は多くの初詣客で賑わっている。本堂手前の石段下から列が出来ており、警備員の誘導に従い本堂のお参りをすませ納経所へ。納経所は本堂とうって変わって閑散としている。軸装納経帳と二巡目からいただくことにした、印取白衣に御宝印をいただく。そして先達と先達同行者にだけ頂ける御詠歌符を受け取る。

 軸装納経帳は、五巡分の御宝印を授かることができる仕様になっているので大事に扱わないといけないのだが、非常に扱いにくい。普通の朱印帳形式にしていただければ、扱いも楽だと思うのだが・・・。この軸装納経帳で二巡満願(初回をあわせると三巡)すると中先達に昇格申請できる。五巡満願(初回をあわせると六巡)で大先達に昇格申請が可能である。先達の位には、まだまだ上があり、最高位の特任大先達を拝命するには、初回の巡礼から合わせて35回の西国巡礼を満願しなければならないのだ。当然小生には金・暇の両面からみても無理なお話である。せめて中先達くらいには昇格したいものである。

 何はともあれ、二巡目をスタート。二巡目満願はいつになるかわからないが、一月に一度は西国参りの日を設けたいと思っている。
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西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

 先日の谷汲山華厳寺で、西国三十三所巡礼の満願を果たし、西国三十三所先達委員会公認先達の申請をしいた。歳の瀬も押し迫った大晦日の今日、先達会より授与品が送られて来た。

 これで、小生も公認先達の仲間入り。先達の名に恥じないよう、今後も精進していきたいと思う。ちなみに授与品は、輪袈裟・頭陀袋・軸装納経帳・名札。

 新年から二巡目開始だ。

◆同封書面の内容
拝啓 貴家益々御盛栄のことと御喜び申し上げます。
西国巡礼につきましてもご高配賜り御礼申し上げます。
西国三十三所御先達様御就任おめでとう御座います。
御袈裟、頭陀袋、軸装納経帳、名札を御送付させて頂きます。
先達様と共に御参拝された方へのみ、授与させていただきます御詠歌護符につきましては御袈裟や名札にて先達様の確認をさせて頂きますので、巡拝時には御袈裟を御守持され、頭陀袋等を御奉持下さい。 納経は御袈裟、名札を着用のうえ先達様御本人が御宝印を御受け下さい。
中先達様、大先達様への申請には本日御送付させて頂きました軸装納経帳でのみ巡拝回数を確認させて頂きますので御参拝の都度、軸装納経帳に御宝印を御受け下さい。
尚、代参は御遠慮頂きますよう、ご案内申し上げます。
今後とも益々観音信仰を鼓吹頂きますようお願い申し上げます。
合唱

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参拝日:2011年12月11日(日)
第三十三番札所 谷汲山 華厳寺
御 詠 歌
世を照らす 仏のしるし ありければ まだともしびも 消えぬなりけり(現在)
万世の 願いをここに 納めおく 水は苔より 出る谷汲(過去)
今までは 親と頼みし 笈摺を 脱ぎ納むる 美濃の谷汲(未来)
御本尊
十一面観世音菩薩
宗 派
天台宗
開 基
豊然上人・大口大領
開創年
延暦17(798)年
所在地
岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23 0585-55-2033
拝観料
無料
 URL









 先週の日曜日、善峯寺にお参りし、西国三十三観音霊場の札所三十二ヶ寺と番外札所三ヶ寺を巡り、残すところ一ヶ寺となった。最後の霊場は、西国三十三所満願霊場の谷汲山華厳寺である。華厳寺は、西国霊場の中で唯一近畿圏外である岐阜県揖斐川町に位置する天台宗の名刹である。この華厳時に西国三十三所結願のお参りに行ってきた。

 満願と結願と二通りの言葉があるが、先日の青岸渡寺バスツアー同行の先達さんの話によると、三十三番札所の華厳寺で満願した場合は 結願、それ以外の霊場は満願と言うそうな。とはいうものの華厳寺には「西国三十三所満願霊場」の碑が立っている。まあ、そのあたりは気にしないようにしよう。

 いざお参りに行くとなるとやっぱり遠い。当初は青春18きっぷを利用しようと考えていたが、大垣からの私鉄・バス運賃と運行便数、我地元三田からの所要時間を考えるとやや割高にはなるが、車で行くほうが、はるかに時間短縮もでき楽なので車でお参りしてきた。

 早朝に出発し仁王門横の駐車場着が8:30。早速仁王門をくぐり境内へ入る。朝早い関係もあり参拝客はまばらだ。ゆっくりとお参りを済ませ、内陣入り口にある納経所で御朱印をいただく。花山法皇が三首のご詠歌を奉納したことにちなみ、ここ華厳寺の御朱印は本堂・満願堂・笈摺堂(おいづるどう)の三種。それぞれ、現在・過去・未来を表すそうだ。

 三種の御朱印を頂き、番外の花山院からはじまった西国巡礼は二年半の月日を要し満願・結願となった。せっかくなので満願之証をいただく。

 本堂の左奥にある笈摺堂・満願堂にお参り。時間があるので満願堂の右手から奥之院に登れるようなので行ってみることに。奥之院への参道沿いに西国三十三所霊場の小さなお堂が一番青岸渡寺から順に建てられており、中には観音石像が祀られている。25分ほどで奥之院に到着。お参り後。登ってきた道を下る。

 これで一通りのお参りをすませたので、本堂に戻り、柱に取り付けられている青銅製の「精進落としの鯉」に触れ、西国一巡目を終えた。新年からは、先達として二巡目をはじめたいと思っている。

南無大慈悲観世音菩薩




西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆札所データ
 谷汲山華厳寺の創建は、今から約千二百年前の延暦十七年(798年)で開祖は豊然上人、本願は大口大領です。

 奥州白川郷の大口大領はつねづねより十一面観音の尊像を建立したいと強く願っており、京の都から観音像を故郷へ持ち帰る最中、突然尊像が重く動かなくなり、この地こそが結縁の地であろうと山中に柴の庵を結び、三衣一鉢、誠に持戒堅固な豊上人という聖(ひじり)と力を合わせて山谷を開き、堂宇を建てて尊像を安置し奉りました。すると堂近くの岩穴より油が滾々と湧き出し、いっこうに尽きることが無かったので、それより後は燈明に困ることが無かったといいます。

 この話を聞こし召された当時の天皇、醍醐天皇(885-930)は谷から湧き出る油を燈明に用いたのにちなんで「谷汲山」の山号、そして「華厳寺」の扁額を下賜せられました。この寺号は御尊像に華厳経が書写されている事にちなむとされています。

 天慶七年(944年)には、朱雀天皇(923-952)より鎮護国家の道場として勅願寺に定められ、仏具・福田として一万五千石を拝領賜りました。

 また西国巡礼中興の祖とされる花山法皇(968-1008)は西国三十三所の霊場を御徒歩で御巡幸あらせられ、当山を第三十三番札所の満願所と定められ、御禅衣(笈摺)、御杖、及び三首の御詠歌を奉納せられました。

 およそ百八十余年を経て後白河法皇(1127-1192)は、先帝花山法皇の御跡を慕われて同行千有余人を従えて御巡幸あらせられました。

 それから後は建武元年(1334年)足利氏と新田氏の戦乱が起こり、新田氏一族堀口美濃守貞満の乱を始めとする戦乱で幾度と諸堂伽藍を焼失するも、このような危難の中、御本尊だけは辛うじて後方の山中に移し奉って御安泰なることを得ました。以後文明十一年(1479年)の再興までは二度の兵燹に遭い、一時期は衰退を迎えるも、人皇百五代・後土御門天皇(1442-1500)の御宇、文明十一年(1478年)薩摩国鹿児島の慈眼寺住職道破拾穀(どうはじっこく)上人が海山を越えて遥々尋ね来て、本堂及び諸堂を再興して尊像の御心を安め奉ったのです。

 その後幾多の星霜を経て大破したので、明治八年(1875年)豪泰法印が再建の願主となり、同十二年(1879年)現在のお堂が再建されています。このように当山は古来より観音信仰の霊験厚く、また天皇、法皇を始めとする皇室、朝廷、有力豪族や民衆からの帰依厚く、益々の隆盛を極めました。

 当山では西国三十三番の満願霊場として花山法皇が詠まれた御製三首の御詠歌にちなんで三つの御朱印をお授けしております。三つの御朱印は本堂(観音堂)、満願堂、笈摺堂を指し、それぞれ現在・過去・未来を表しているとされております 。
(西国三十三所巡礼の旅より引用)
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登頂日
2011年12月4日(日)
天 候
晴れ/曇り
同行者
囲炉裏メンバー3名

総持寺/阪急大山崎駅⇒宝積寺⇒天王山⇒大沢⇒釈迦岳⇒ポンポン山⇒善峯寺












 西国三十三所二十番札所の善峯寺は、囲炉裏村のオフ会で2009年4月に訪れているが、それは西国巡礼をはじめる2ヶ月ちょっと前ということで、当然ながらご朱印は頂いていない。また、善峯寺からほど近いポンポン山に登ったことがなかいので合わせて行こうと考えていた。そこで、高槻市在住のHやんに案内をお願いしたところ、天王山もあわせてのコースで案内いただけることになった。

 同じく西国巡礼をされているRちゃんとYちゃんもお誘いしての山行となった。このお二人は、二十二番札所総持寺がまだということだったので、せっかく山崎方面に出てくるのであれば、総持寺もお参りしてはということになり、先に総持寺をお参りしてから、集合場所に向かうことにした。その旨をHやんに連絡したところ、同じ電車に途中駅から乗ってこられることになった。

 阪急大山崎駅に8:59に到着。天王山に向かう。JRの踏切を越えたところに「天王山登り口」の石柱が立っている。ここから少し進むと大黒天が祀られている宝積寺である。紅葉がまだ残っており写真を撮りながらゆっくりと進む。宝積寺の境内を抜けると登山道に入る。

 天王山はご存知のように豊臣秀吉の天下取りで「天下分け目」の決戦場として広く知られており、ハイキングコースが整備されている。このハイキングコースを「秀吉の道」と名づけ、秀吉の天下取りの物語を解説する大きな陶板が所々に設置されている。

 酒解神社の鳥居横の展望台からの眺望を楽しみながら小休止を挟み、酒解神社を抜けて天王山の山頂に立つ。

 天王山から大沢に抜けるが、この道もよく整備されたハイキングコースということもあり多くのハイカーとすれ違う。途中大佛乗願寺ふもとの紅葉と樹齢800年といわれる大沢の杉を見学して進む。

 釈迦岳手前のベンチがある場所で昼食。釈迦岳を経てポンポン山に到着。山頂からは比叡山や琵琶湖を望むこともできるパノラマが眼下に広がる。到着時は多くのハイカーで賑わっていたが、バンダナショットを撮って、しばらく休憩しているうちに我々だけになったので、我々も善峯寺へ向け下山。

 1時間程で善峯寺に着く。本堂(観音堂)にお参りし、ご朱印をいただいた後、境内の紅葉や樹齢約600年の五葉松で幹が横に這うように伸びていることから遊龍の松(天然記念物)を見学。この松の全長は50数メートルにも及んだそうだが、松食い虫の被害で10メートルほど切断されたそうである。悪名高い「生類憐れみの令」で知られる徳川5代将軍綱吉の生母で桂昌院が植えたと伝えられる「桂昌院お手植えのしだれ桜」もみごとなのだが、残念というか当然なのだが、今の季節は垂れ下がる枝だけの姿である。

 善峯寺からは、バスで阪急東向日に戻り、駅前の居酒屋でアワアワを楽しみ解散となった。案内いただいたHやんありがとうございました。また、近辺の山を案内していただければ幸いです。

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参拝日:2011年12月4日(日)
第二十番札所 西山 善峯寺
御 詠 歌
野をもすぎ 山路にむかふ 雨の空 善峯よりも 晴るる夕立
御本尊
千手観世音菩薩
宗 派
天台宗単立
開 基
源算上人
開創年
長元2(1029)年
所在地
京都市西京区大原野小塩町1372   TEL:075-331-0020
拝観料
500円
 URL


西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆札所データ 
当山は、長元2年(1029)源算上人の開山である。源算上人は、恵心僧都の高弟で、因幡(鳥取)に生まれ、横川(比叡山)の恵心僧都に従い、顕蜜の蘊奥を極め47歳の時、当山に入られ小堂を結び、十一面千手観音の像を刻み本尊となし、仏法を興隆された。長元7年9月、後一条天皇より、鎮護国家の勅願所と定められ良峯寺の寺号及び聖詠を賜わった。

"野をもすぎ 山路に向う、 雨の空 善峯よりも 晴るる夕立"

以来歴朝の御崇敬篤く、長久3年、後朱雀天皇、洛東鷲尾寺より本尊仁弘法師作、十一面千手観音像を当山に遷して本尊とし、先の十一面千手観音像を脇立とされた。 白河天皇、諸堂を建立し給い、その後慈鎮和尚善恵上人、その高徳を相嗣がれ、また青蓮院の宮が代々当山に住まわれた。即ち覚快、道覚、慈道、尊円、尊道、尊祐、尊真、尊寳、尊證、各法親王である。そして西山の宮(門跡)と称された。

後花園天皇(102代)が伽藍を改築せられ、僧坊52の多きに及んだが、応仁の乱に兵火を免れず焦土と化した。

その後徳川五代将軍の母堂桂昌院が当山を復旧され、二百石及び山林42万5千坪を寺領とし明治に至った。

重要文化財として、多宝塔・大元師明王軸 その他文化財多数あり。
(西国三十三所巡礼の旅より引用)

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登頂日
2011年11月27日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー5名








 金剛山といえば、関西では知らない山屋はいないだろうというほどメジャーな山だ。そんな超有名な金剛山だが、山をはじめて4年近くなろうとしているのに登ったことがなかったのである。山仲間に「金剛山登ったことがない」と告げるとビックリされるのだ。それほど、山をやる人なら誰でも登ってるってことだ。

 しかし金剛山は、小生の居住地三田からは同じ関西とはいえそこそこ遠いのだ。通常だと河内長野まで電車で出て、そこからバス。一人で行くのは、ついつい面倒になり、近場の六甲山に行ってします。山の会のオフ会などで何度かチャンスはあったが、他の予定などがあり参加できなかったというのが実情。

 そんな金剛山だが、苦節4年・・・やっと行くことができたのだ。案内してくださったのは、山の会の仲間で金剛山の主と言っても過言ではないNさん。山上で鍋をしようという企画である。

 今回の参加者6名が、午前9時半に三国ヶ丘駅に集合。Kさんが車を出してくれており、車で金剛山の登山口を目指す。車で約1時間、百ヶ辻の駐車場に到着。準備を整え出発。 あまり人が知らないというルートで山上へ登った。ちはや園地のログハウスまで1時間ほどで到着。かなりのショートカットで登れるコースというだけに、きつい傾斜であった。

 ちはや園地の東屋でランチタイム。Nさんが鍋の準備をしてきてくださったので、みんなで鍋宴会。魚介類に肉、ほうとう、無農薬野菜と具沢山の鍋をつつきながらアルコールもいただいての鍋宴会となった。

 鍋の後、ログハウスで軽く飲んでから下山。下山はコンクリート舗装の遊歩道を百ヶ辻まで下った。ビール大好きな運転手Kちゃんは、今回一滴も飲まず、ありがとね。今度は、公共交通機関で行けるところで宴会山行しようぜ。
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