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ツアーオブジャパン観戦と歴史の街「堺」ポタリング

走行日
2015年5月17日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏メンバー7名





 
 
 

今日は山の会のチャリダーのオフ会がある。大阪府堺市で開催されるロードレース『ツアーオブジャパン堺ステージ』が開催される。堺市の大浜公園に集合しレース観戦後に堺の街をポタリングする企画である。

参加するか迷ってたのだが、結局参加表明をしなかった。前夜、朝起きれたらドタ参しようと思って床につく。翌朝目を覚ますと、どう考えても午前9時の集合時間に間に合いそうにない。あきらめようかとも思ったのだが、プロのロードレースを生で観てみたい気持ちを抑えることができず、大会会場である大仙公園でみんなと合流することにして家を出る。新三田駅まで走り、新三田から大阪の地下鉄なかもず駅まで輪行。車内からLINEで合流参加の連絡を入れ承諾を得る。

なかもず駅前で自転車を組み立て大仙公園へ走り、無事みんなと合流しレース観戦だ。ツアー・オブ・ジャパンは、UCI公認国際自転車ロードレースであり、国内外の が参加し全7ステージが開催される。そのツアーオブジャパンの幕開けを飾る第1ステージが、ここ堺市の仁徳天皇陵古墳横をスタート地点に大仙公園を周回する1周2.65kmの一般道を使った特設コースで開催されるのだ。

午前10時50分特設コース10周で勝負を決する「堺国際クリテリウムレース」がスタート。最終コーナーに陣取っての観戦だ。先導のバイクが通過して間も無くカラフルなサイクルジャージを纏った選手達がスピードで目の前を走り抜けて行く。TVやYoutube動画などで世界最高峰ロードレースであるツールドフランスやジロデイタリアなどを観たことはあるが、生で観るとさすがに迫力満点だ。はじめての国際ロードレース観戦を楽しませてもらった。

レース観戦後、大仙公園内にある自転車博物館を見学。皇太子(現天皇)に奉納された自転車や世界各国の歴史を感じさせる自転車が数多く展示されている。

自転車博物館見学後、公園内で昼食。仲間が集合場所から大仙公園までの途中にある有名店で買ってきてくれた名物の穴子寿司を食す。肉厚の穴子がのった押し寿司である。

食事の後は、歴史の街である堺をポタリング。履中天皇陵、仁徳天皇陵と古墳を回る。仁徳天皇陵前は、ツアーオブジャパンのスタート地点であり、ちょうど一周のタイムを競うタイムトライアルのスタート時間だったので、しばらく観戦。

仁徳天皇陵を後にし、鉄砲鍛冶屋敷・清学院・仏教学者にして探検家であった河口慧海生家の跡・堺刃物ミュージアム・与謝野晶子生家の跡・千利休屋敷跡と巡り、最後に旧堺灯台へ。夕暮れの旧堺灯台を背にバンダナショット(集合写真)を撮影。これで本日の工程はフィナーレだ。南海堺駅前まで戻り解散。二人の仲間とJR大阪駅まで自走し、二人と別れ輪行で三田へと戻った。


■追記

吉井淳一氏2015年5月31日(日)
滋賀県東近江市で開催された大凧まつりでの大凧落下により、ひとりの尊い命が奪われました。

その方は、私が所属する山の会のメンバーの吉井淳一さん。ここ2年間腰痛で山の会へ顔を出しておられなかったのですが、腰の具合もよくなり復帰されたばかりでの事故。この日(5月17日)久しぶりにお会いしました。

明るく楽しい方で、一緒に何度も山に登り、六甲全山縦走大会もご一緒しました。私が娘を山の会の集まりに連れて行った時は、娘の相手をして遊んでくれたりもしました。歌うこともお好きでした。あの笑顔と歌声が聞けないと思うと淋しく、そして残念でなりません。

生前のプライムさん(吉井氏のハンドル名)に感謝しつつ、謹んでご冥福をお祈りいたします。この悲しい事故の記憶が薄れないよう、ニュース記事を転載しておきます。


家族思い、優しい塾の先生 大凧まつり死亡男性
 
滋賀県の東近江大凧まつりで落下した大だこの直撃を受け、2日に亡くなった吉井淳一さんは堺市内で学習塾を経営し、「優しい先生」と慕われていた。  

同市中区深井北町にある塾の近くに住む会社員西栄美子さん(37)は、小学生の頃に吉井さんの塾に通った。「パソコンを使って教えてもらった。つい先週も教室の明かりが付いているのを見たのに」と訃報を悲しんだ。

文具店を経営する村上はつ子さん(65)も、息子が中高生時代に塾に通っていたといい、「怒ったりしない、優しい先生だった。(事故は)気の毒で、残念」と惜しんだ。  

吉井さんは塾で教えた内容を元に参考書を10冊以上出版した。著書のプロフィルによれば、不登校の子どもの支援にも取り組んだ。参考書の制作で吉井さんと長く関わった出版社(大阪市北区)の蒔田司郎さんは「塾で教えた内容を元に、個性的な参考書を作っていた。明るく教育熱心な先生だった」と語った。  

吉井さんは近隣住民からも家族思いの温かい人柄で知られていた。 近くの主婦(68)によると、吉井さんはかつて大手旅行会社に添乗員として勤めたが、当時、航空事故が続き、「自分が事故に遭った後の家族のことを思うと心配で辞めた」と話したという。子ども好きだったともいい、近所の筒井幸子さんは「滋賀県に住む孫の男の子に会いに、よく遊びに行っていた。 当日も一緒にたこ揚げを見ようと連れて行ったのかもしれない」と声を落とした。




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