古都奈良の世界遺産を訪ねる(興福寺・春日大社・東大寺)

最初に訪れたのは、西国三十三所巡礼で何度もお参りしている興福寺。669年に前身寺院が創立されたのがはじまりです。遷都にともなって平城京に移され、興福寺となりました。藤原氏の氏寺ですが、主要堂塔の建立の発願は天皇や皇后によるものが多く、造営工事も政府直営ですすめられました。平安時代以降、たびたび火災にあいましたが、藤原氏の力を背景にそのつど再建されてきました。

五重塔は奈良のまちのシンボルとなっており、猿沢池からのながめは多くの観光客に親しまれています。

春日大社、ここは十何年ぶりではないかと思う。創立は、社伝では768年とされていますが、実際には奈良時代の初めにさかのぼると考えられています。古くから神の降臨する山として神聖視されていた春日山・御蓋山(みかさやま)の西麓に、四柱の神々をまつったもので、藤原氏や朝廷の崇敬をうけて繁栄しました。

社殿の配置は古代からほとんど変わることなく、建物が周囲の自然とみごとに調和し、日本古来の神社のようすを伝えています。

最後が東大寺。仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立されました。751年に大仏殿が完成し、翌年には盛大な大仏開眼供養がおこなわれました。その後、1180年と1567年に兵火にあい主要伽藍を焼失しましたが、そのつど再建されました。

現存する大仏殿は1709年に再建されたもので、世界最大規模の木造建築物としての威容を誇っています。本尊の盧舎那仏(るしゃなぶつ)坐像(国宝)は“奈良の大仏さん”とよばれ、全国の人たちに親しまれています。広大な境内にはほかにも、聖武天皇遺愛の宝物をおさめた正倉院正倉など、数多くの貴重な建物が残されています。また境内の東には、寺の鎮守として創立された手向山八幡宮があります。

南大門(鎌倉時代)・法華堂(正堂/奈良時代・礼堂/鎌倉時代)・鐘楼(鎌倉時代)・大仏殿(江戸時代)・開山堂(鎌倉時代)・転害門(奈良時代)・本坊経庫(奈良時代)・正倉院正倉(奈良時代)・二月堂(江戸時代)の9棟が国宝建造物に指定されています。