獨鈷山 鏑射寺(神戸市北区)
- 2024.07.14
- 寺社参拝
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宗派は真言宗単立、ご本尊は大日如来。上に記したように複数霊場の札所となっています。静かで広い境内のお堂をひとつひとつお参りしていると心が癒されます。皆様も是非一度立ち寄られてはいかがでしょうか。


当山は、神体山として数千年の歴史を有し、神秀倉(かみほぐら)・甘楽山(かぐらやま)・五智の峰などと呼ばれて人々に尊崇されておりました。 聖徳太子は、ご生母の里にある此の山が大層お気に召し、伽藍を建て仏教弘通(ぐつう)の道場として鏑矢(かぶらや)を奉納、鏑射寺と命名されました。 その後、弘法大師は境内に独鈷水の井戸を掘られ、百丈岩には穿仏(せんぶつ)岩にご足跡を残しておられます。 また、北条時頼や太閤秀吉三度の参詣の事跡等々がありますが、南北朝時代と江戸時代に戦火と山火事にあい、文久二年(1862年)の勇阿上人による再建を待ちました。 明治6年、三田九鬼藩の天誅組と称する不逞藩士が神社仏閣を襲い、当寺も火を放たれ焼け残った太子堂及び本尊什器は寺廻りに移されて、その後廃寺となりました。 時を経ること約百年、昭和30年秋に久邇宮朝融(くにのみやあさあきら)王殿下が、道なき所を攀(よ)じ登り、生い茂る草をかき分けてご参拝になり、鏑射寺の再建と国家国民の安寧をお祈りになられました。 昭和34年9月、現山主中村公隆師が入山、祈願に入りました。 同41年に護摩堂(不動明王)が、48年には三重塔(虚空蔵菩薩)、続いて53年函館の地に別院(不動明王等)が建立されました。 逐次旧寺領の買い戻しも進み、平成4年に大日如来・愛染明王を奉迎して本堂の落慶入仏法要が厳修され、同6年に弁天堂の落慶を見ました。 前記諸尊の他に、十一面観世音菩薩(飛鳥仏)、聖徳太子、弘法大師、毘沙門天がお祀りされています。(鏑射寺ホームページより抜粋)




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