天津神社・若宮神社(兵庫県三木市)

兵庫三木市の天津神社と若宮神社にバイクで参拝してきました。

 天津神社の本殿の建立時期については、棟札などの直接の史料がないため定かでないが、後世の古文書には延徳4年(1492)の建立とある。建物の建築様式も室町時代中期の特徴を備えていることから、この頃に村人たちが創建したとされ国の重要文化財に指定されている。

 本殿は高さ1.0mの基壇上に建ち、身舎(もや)正面に向拝を設け、軒は二軒繁垂木(しげたるき)、屋根は入母屋造りに向拝屋根を葺き下ろした形状をしている。

 建立後は、度々修理が行われたが、昭和30年(1955)には解体修理、平成14年から同15年にかけて屋根葺き替え及び塗装工事が行われ、現地調査の際に判明した寛文頃(1661年~1672年)の塗装に復元がなされた。

 祭神は、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、天忍穂耳命、熊野久須日命です。

 社務所はなく、お守りや御朱印はプラスチックの衣装ケース内に入れてあるので、初穂料を納めて拝受する。書置きの御朱印をいただきました。日付は入っておらず自分で書き足すタイプです。本殿彩色の資料が一緒に入ってました。

 天津神社から若宮神社までは、バイクで10分ちょっと。兵庫県道17号西脇三田線に面している。別名は若宮八幡宮。

 往古、村人の久右衛門、信託により八幡宮を信仰し、妻の安産を得たことに喜び小社を建立、山城国男山より御分霊を勧請し、若宮八幡宮と称す。

 元亀天正の頃(1570~1591)、三木城主の家臣藤田河内守広興氏が武運長久の祈願所とし、社殿造営領地寄進有り。

 三木落城より荒廃するが、氏子計りて萬治年間(1658年~1660)改修す。

 以後170年余を経て天保3年(1832)に再建をしたものが現在の本殿である。主祭神は仁徳天皇。

 毎年10月第1日曜日に実施される秋祭りである兵庫県指定無形民俗文化財のヤホー神事が有名。ヤホー神事は、獅子頭、棒振りを先頭に所役が音頭を謡いながら境内を行列で進む。やがて拝殿前で棒振り、馬に乗った子供、「ヤマ」と呼ばれる蚊帳の中の子供が問答をして終了する。神事は中世的な雰囲気が色濃く現在に伝えられている。

 若い宮神社もお守、お札、御朱印などは衣装ケースに収められているものを拝受する。書置きの御朱印は天津神社と同じく日付は入っていません。

 二社の御朱印にプリンタで日付を印刷しました。