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西国三十三所 第十八番札所 霊麀山 行願寺 革堂(山城国)

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参拝日:2011年6月25日(土)
第十九番札所 霊麀山 行願寺(革堂)
御 詠 歌
花を見て いまは望みも 革堂の 庭の千草も 盛りなるらん
御本尊
千手観世音菩薩
宗 派
天台宗
開 基
行円上人
開創年
寛弘元(1004)年
所在地
京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町 075-211-2770
拝観料
境内自由





西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

行願寺は寛弘元年(1004年)、行円が一条小川の一条北辺堂跡に創建したものである。一条北辺堂については、『日本紀略』永祚元年(989年)8月13日条に「一条北辺堂舎倒壊」とあり、行願寺の創建以前から存在したことが裏づけられる。当初の寺地は現在の京都市上京区、京都御苑の西方で、付近に革堂町、革堂仲之町、革堂西町の町名が残る。

行円は仏門に入る前は狩猟を業としていたが、ある時、山で身ごもった雌鹿を射たところ、その腹から子鹿の誕生するのを見、殺生の非を悟って仏門に入ったという。行円はその鹿の皮を常に身につけていたことから、皮聖、皮聖人などと呼ばれ、寺の名も革堂と呼ばれた。行円の生没年は未詳だが、比叡山の横川(よかわ)出身の聖と推定されている。藤原道長の息の藤原顕信は寛弘9年(1012年)、行円のもとで剃髪出家している。

寺は豊臣秀吉による都市計画のため、天正18年(1590年)に寺町荒神口(現・上京区、京都御苑東側)に移転。宝永5年(1708年)の大火の後、寺町荒神口の旧地からやや南に下がった現在地に移転した。

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