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2010年1月アーカイブ

登頂日
2010年1月31日(日)
天 候
曇り/小雨
同行者
囲炉裏村メンバー2名+2名

みつえ青少年旅行村⇒三峰峠⇒三峰山(1,235m)⇒八丁平⇒新道峠⇒みつえ青少年旅行村








 昨日のメンバーに2名加わり5名で三峰山登山口のみつえ青少年旅行村へ。午後から雨の予報であったが、準備をしているとパラパラと降ってきた。

 みつえ青少年旅行村を出発。登山口の看板に導かれ車道から離れると、通称「大タイ」と呼ばれる谷筋である。大タイから登り尾登山道に入り尾根伝いに登っていく。登山口から30分ほどのところに山小屋がある。この山小屋の前までは車が入れるので、宴会場所として利用されることもあるとか・・・。山小屋から少し上に、建設中のログハウス調の小屋がある。村の木を使って、このようなログハウスが建てれますよっていうモデルルームを兼ねた設備になるようだ。

 杉林の尾根を登っていくとバンダナとニット帽をかぶったお地蔵さんがポツン。バンダナ地蔵と呼ばれ親しまれているとの事。

 この時期は霧氷まつりが行われ、例年であれば雪に覆われ、霧氷や樹氷が楽しめるとの事だが、ここ数日の温かい陽気で雪はほとんどない。それでも高度を稼ぐにつれ、登山道には踏み固められた雪がアイスバーン状に残っているのでアイゼンを装着。

 アイゼン装着地から少し登ると三峰峠に出た。左が山頂方向。下りはここを右方向とのこと。まずは山頂へ。山頂には一等三角点(点名:三嶺山 標高:1235.21m)が置かれている。ここで村民外の2名にも加わっていただきバンダナショット撮影。

 山頂から八丁平を回り三峰峠に戻った。八丁平は、山頂から三重県側に少し下ったところにある平原状の鞍部。一面雪景色に覆われ絶景のはずだったのだが・・・ それでもガスが薄っすらとかかった平原は幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 三峰峠から緩やかなアップダウンの続く尾根筋を新道峠まで歩く。天気がよければ随所に展望が開け景色を楽しみながら歩けるそうだ。が、何度も書くが今日は雨で眺望なしである。

 新道峠からは下りとなる。一気に下り林道へ。林道を下っていくとみつえ青少年旅行村である。雨が本降りになる前に下山しようと昼食タイムを取らず行動食で済ませていたので、旅行村の休憩所でランチタイム。休憩所の前では特産物を売っている。お店の昔はお姉さまだった女性が小皿に試食用の漬物を山盛り持ってきてくださった。何種類か盛ってあった漬物は自家製との事。どれもこれも美味しかった。沢山は買って帰れないので、赤かぶ漬を2つ購入。そこそこ大きい赤かぶがひとつ100円と値段もリーズナブル。

 樹氷や霧氷が見れなかったのは残念だが、それは次回のお楽しみに取っておこう!今回は2日間にわたりご案内いただいた山仲間に感謝!そして、ご一緒いただいた皆さんありがとうございました。
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登頂日
2010年1月30日(土)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー2名









 奈良在住の囲炉裏村民の方にお誘いをいただいた。二上山に登り、温泉に入ってから別宅にお招きいただき、たこ焼きパーティー。そのまま泊めていただき、翌日三峰山に登る企画である。当初、小生を含め3名でお邪魔する予定であったが、1名が体調不良のため不参加となり、2名でお世話になることになった。

 二上山は、奈良県と大阪府の境(金剛山地の北部)に位置する、雄岳(517m)と雌岳(474m)よりなるトロイデ型火山。 約2000年前まで活火山として噴火活動をしており、石器の材料となる讃岐岩(サヌカイト)を噴出。近畿地方で発掘される石器のほとんどが二上山産のサヌカイトで作られたものと推定さるそうだ。現在は『にじょうざん』と呼ばれているが、かつては大和言葉による読みで『ふたかみやま』と呼ばれていた。また、雄岳、雌岳の双峰からなるその雄偉な山容は、万葉人に神聖視され、万葉集では、大津皇子の悲劇にまつわる山として有名である。

うつそみの 人にあるわれや 明日よりは
        ふたがみ山を いろせ とわが見む  [大伯皇女]

 近鉄大和八木駅に車で迎えに来ていただき二上山登山口へ。早々に準備を整え出発。最初は緩やかなのぼりであったが、祐泉寺を越えたあたりから急登となる。途中で下ってきた単独の女性が、同じ奈良の山の会に所属されている方ということで、明日三峰山にご一緒することとなった。

 登りながら先を見ると稜線かなと思える所が見えてきた。その登りつめたとこが馬の背で、右へ行けば雄岳、左が雌岳である。まずは雌岳へ向かう。そこからわずかに登ると雌岳山頂に到着。山頂からは眺めが良く、先週登った龍王山も対面に見える。

 山頂で、団子庄のおだんごをご馳走になりながらのコーヒーブレイク。囲炉裏村のはんなりオフで大和三山を回った時に食べたおだんごである。早いもので、あれから1年になる。

 雌岳を後にし雄岳へ向かう。雄岳は雌岳と違い展望はなし。雄岳の山頂は、葛木二上神社の境内である。本社の東側には大津皇子の墓がある。雄岳では200円徴収されることがあるとのことだったが、この日は徴収されなかった。この200円は何だろうと調べてみたら美化保存協力券を購入させられるようである。その券には以下の文書が印刷されているそうな。

二上山雄岳山頂の葛木二上神社境内地は激増する登山者により荒廃甚だしく、ゴミはもとより本殿、拝殿、社務所、参篭所(休憩所)もその犠牲になり、果ては、周辺の森林までも荒らされ、これが解消の見込みも立たず、この程、止むなく下記美化保存協力券を発行するに至りました。 
葛木 二条神社 

 展望もないので、長居することもなく下山。下山地にはこれまた二条神社があった。雄岳山頂の葛木二上神社と関係があるのかは定かではない。(面倒なので調べてない)

 温泉に入り汗を流し買出しをした後、別宅にお邪魔する。ワイワイとたこ焼きを自分たちで焼いて食べるのは美味しいく楽しい!ついついアルコールの量も増えてしまう。途中から奥さんも来られ4人で楽しく語らい、食べ、そして飲ませていただいた。

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登頂日
2010年1月24日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー5名

近鉄長谷寺駅⇒西国三十三所番外札所 法起院⇒西国三十三所八番札所 長谷寺⇒龍王山⇒山の辺の道⇒近鉄桜井駅








 西国三十三所巡礼をはじめたものの、遠方の観音霊場には、なかなかお参りに行けないのが実情。そんな中、囲炉裏村で『長谷寺の寒牡丹と竜王山』というオフへの誘いがアップされた。観音霊場巡礼&山&山の辺の道散策という贅沢な企画、早々に参加表明をさせていただいた。

 午前9時半に近鉄長谷寺駅集合であったが、参加表明者4名が揃ったので出発。まずは長谷寺へ向かう。長谷寺の門前街を歩いていると「西国三十三所番外札所 法起院 すぐそこ→」の看板が目に飛び込んできた。看板の所で、指し示す方向を見ると、ほんとにすぐそこが法起院だ。先に行ってもらうことにしてお参りとご朱印をいただくことにした。今回は、オフへの参加なので長谷寺近辺に札所があったとしても参拝できないので、長谷寺のみと思っていたが二ケ寺巡拝できたのはラッキーだ。

 法起院でお参りを済ませ長谷寺へ。仁王門で先行のメンバーに合流。綺麗に咲いている寒牡丹を観ながら本堂へと続く登廊を登る。本堂でお参りを済ませ、ご朱印をいただき納経所を出ると濱やんとようちゃんが追いついてきた。9:31長谷寺駅着の電車だったとのこと。

 ドタ参の2名を加え総勢6名となった。五重塔の脇から墓地を通り過ぎ山道へと入る。道は細いがはっきりとしている。際立った急登もなく、目立ったピークを通るわけでもない。淡々と山道を進む。初瀬山に向かっているはずだが山頂と思われるピークも踏んでない・・・、などと思っていたら、初瀬山の山頂は巻いて通ったようだ。

 初瀬山から下り、登り返し龍王山山頂に到着。山頂からの二上・葛城・金剛それに奈良盆地、時には明石大橋まで望めるとか・・・ 明石大橋など見えるはずもなく、耳成山と畝傍山の奥に金剛・葛城の山が広がっていた。その昔、龍王山には山城が築かれ、北城と南城に分かれ遺構が残っている。奈良県に残る城跡では最大級の規模であり、尾根上に郭が続き天然の要塞砦となっている。二等三角点のある龍王山の山頂広場は南城本丸跡ということだ。

 龍王山から柳本へ下り山の辺の道に合流。さすがはハイカーに人気の山の辺の道、好天ということもあり、多くのハイカーが大和の古道を楽しんでいた。崇神天皇陵、景行天皇陵、桧原神社、三輪明神を通り桜井駅へと戻った。
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■参加メンバー
しろさん・やっほーさん・ワルツさん・濱やん・ようちゃん・大将 以上6名
参拝日:2010年1月24日(日)
第八番札所 豊山 長谷寺
御 詠 歌
いくたびも 参る心は はつせ寺 山もちかいも 深き谷川
御本尊
十一面観世音菩薩
宗 派
真言宗豊山派(総本山)
開 基
徳道上人
開創年
朱鳥元年(686年)
所在地
奈良県桜井市初瀬731-1   TEL:0744-47-7001
拝観料
500円
 URL


西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆豊山 長谷寺
 当山は山号を豊山( ぶさん )と称し、寺号を長谷寺( はせでら )と言い、正式には豊山神楽院長谷寺と申します。

 「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地を昔は豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)など美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。

 朱鳥( あかみどり )元年(686)道明(どうみょう)上人は、天武天皇のおんために銅板法華説相図( 千仏多宝仏塔 )を西の岡に安置、のち神亀四年( 727 )徳道(とくどう)上人は、聖武天皇の勅を奉じて、衆生のために東の岡に十一面観世音菩薩をおまつりになられました。

 上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場巡拝の開祖となられた大徳であり、当山を三十三所の根本霊場と呼ぶいわれであります。

 現在の長谷寺は、真言宗豊山派の総本山として、 また西国三十三観音霊場第八番札所として、 全国に末寺三千余ヶ寺、 檀信徒はおよそ三百万人といわれ、 四季を通じ「花の御寺」として多くの人々の信仰をあつめています。
(長谷寺ホームページより引用)
参拝日:2010年1月24日(日)
番外札所 豊山 法起院
御 詠 歌
極楽は よそにはあらじ 我が心 おなじ蓮の へだてやはある
御本尊
徳道上人像
宗 派
真言宗豊山派
開 基
徳道上人
開創年
天平7年 (735年)
所在地
奈良県桜井市初瀬776   TEL:0744-47-8052
拝観料
無料
 URL


西国三十三霊場 御朱印・本尊御影・梵字本尊

◆豊山 法起院
 徳道上人は斉明天皇の御宇二年(西暦六五六年)、播麿の国矢田部の里で誕生なさいました。 その容貌は気品に満ち、眼は真澄鏡(ますみかがみ)のように美しく清らかで、髪の毛は 梳(くしけず)れば滴(したた)るように黒く艶やかに光り、深くたたえられた優雅さと聡明さに里人達は目を見張ったそうです。 成長されるにしたがって読書を好み、手に筆を持つことを無上の楽しみとし、神童との噂の中で 連日精進をお重ねになりました。しかし、突然起こった不幸は上人の父を奪い、そして数年の後には母も 不帰の客となったのです。

 仏の道を極めることこそ人間に生まれた最高の道であり、 亡き父母の菩提を弔うことが今の自分にとっては、真実の報恩であろうと大悟徹底された上人は、当時我が国随一の大名僧であった大和長谷寺の道明大徳との間に師弟の契りをお結びになりました。 約十年間の修行の後、智道兼備の名僧となられた上人は、大和の長谷寺、鎌倉の長谷寺をはじめ諸国に四十九ヶ所の寺院を建立されました。その中でも大和の長谷寺では本尊大観音を御造立されました。

 前記の養老二年の春、突然の病のために仮死状態にあった上人は、夢の中で閻魔大王にお会いになり、悩める人々を救う為に三十三ヶ所の観音菩薩の霊場を広めるように委嘱され、そして三十三ヶ所の宝印を与えられて仮死状態から解放されました。上人は三十三ヶ所の霊場を設けましたが、人々は上人を信用しなかったので、やむなく宝印を摂津中山寺にお埋めになったと伝えられています。

 二百七十年後の永延二年(西暦九八八年)に、花山法皇がこの宝印をお掘り出しになり、今日の三十三ヶ所を復興なさいました。
(法起院ホームページより引用)
登頂日
2010年1月17日(日)
天 候
晴れ
同行者
囲炉裏村メンバー5名









 囲炉裏の仲間5人と岡山県百名山に選出されている備前市の天狗山(標高:392.3m)に行ってきた。天狗山に登ることも目的の一つではあるが、今回の備前日生(びぜんひなせ)地方遠征の最たる目的は、カキオコ(牡蠣のお好み焼き)を食べに行くことである。

 今回も昨年同様、お好み焼きタマちゃんで食べようということになった。タマちゃんは大人気店なので、昼時に行けば待ち時間がかなり長くなるので、お昼頃から天狗山に登り、下山後カキオコという予定にした。

 午前11時に山陽自動車道龍野西SAに集合、SAで早目の昼食を食べ出発。赤穂ICで高速を降りR250を西へ。兵庫県から岡山県に入り、しばらく走ると右手にタマちゃんが見えてくる。時間はちょうどお昼時、店の前はすごい人だ。

 R250から少し北に入った寒河コミュニティーセンター(寒河は「そうご」と読むのだ。「さむかわ」ではないよ!)に車を停めさせてもらう。寒河コミュニティーセンターは、天狗山登山者用駐車場として利用可能。(職員の方に一声をかけるように)

 寒河コミュニティーセンターの前の道を東に少し行ったところ北川が天狗山登山口の寒河八幡宮である。八幡宮本殿の左手から山道に入る。急登で一気に高度を稼いでいく。後ろを振り返ると瀬戸内海に浮かぶ島々が目に飛び込んでくる。地元近畿の山では見ることの出来ない絶景は、登りの疲れを癒してくれる。

 小天狗を過ぎ、一度下って登り返すと天狗山の頂である。山頂の岩場に四等三角点が埋め込まれている。その岩場の上からは360度見渡すことが出来る。江戸時代から明治中期にかけて、大阪の穀物相場の情報を送る旗振の信号所(旗振山)だったとのことだ。

 山頂からは、昨年と同じく三ツ池方面へ下山。山の中腹から見下ろす、三ツ池のひとつである奥池のコバルトブルーに輝く水面が美しい。その三ツ池から谷沿いの道を下り下界に辿り着く。

 寒河コミュニティーセンターに戻り、荷物を車に置き、コーヒーセットのみ持ってタマちゃんに向かう。タマちゃんで注文を済ませる。約1時間の待ち時間とのことなので、JR寒河駅前でコーヒータイム。と言っても喫茶店ではなく、駐輪場の隅っこでお湯を沸かしてカルビーのスナックをつまみながらのインスタントコーヒーだが。

 いよいよ順番が回ってきてタマちゃん店内へ。カキオコの丞(カキも生地も大盛だよーんっ)が登場です。半分はソース、もう半分を岩塩でいただきます。大きなぷりっぷりのカキとふわふわの生地の相性は最高。ソース、岩塩どちらも「まいうー」でございまする。今回もぺろっと美味しくいただいた。

 お腹も膨れ満足満足。寒河コミュニティーセンターまで戻り解散となった。来シーズンもカキオコ食べに来るぞーと誓い日生の街を後にした。
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◆参加メンバー◆
ヒデさん
りっこさん
pekoちゃん
萌さん
杣さん
大将



登頂日
2010年1月10日(日)
天 候
晴れ/曇り
同行者
囲炉裏村メンバー42名

近鉄枚岡駅⇒枚岡神社⇒(神津嶽コース)⇒僕らの広場⇒鳴川峠⇒十三峠⇒高安山⇒信貴山⇒信貴山朝護孫子寺⇒近鉄信貴山下駅








 2010年2回目の山行も囲炉裏村のオフ会参加である。今回は、いつも多くの村民が集う『はんなりオフ』今回も総勢43名(内1名途中合流)の大所帯である。近鉄枚岡駅からすぐの枚岡神社鳥居前に集合。3グループに分かれてのスタートとなった。

 神社の参道から枚岡梅林を通り抜け枚岡山展望台へと急登を登る。展望台で小休止。空気が澄んでいれば六甲の山並みも見えるとのことだが、今日は残念ながら霞んで見えない。

  枚岡山展望台からぼくらの広場(なるかわ園地)へと向かう。ぼくらの広場は、大阪平野を一望できる芝生広場で夜景スポットとして有名なようだ。

 鳴川峠を越えてしばらく進んだところで休憩。ここで高やん手作りのいちご大福の差し入れをいただく。いつものことながら、高やんの手作りスイーツは最高に美味である。いつもありがとうございます。感謝です!

 午前11時過ぎに鐘の鳴る展望台に到着。鐘の鳴る展望台は大阪平野、奈良盆地と360度ぐるっと見渡せる高さ12mの展望台で、最上部へ登る階段の途中に希望の鐘がある。小生も最上部に上る途中で鐘を鳴らさせていただいた。ここもぼくらの広場同様夜景スポットとして有名。展望台の中層部には"愛の鍵(南京錠)"が取り付けられるモニュメント「誓いのリング」がある。ブルーとピンクのリングが組み合わさり、両リングに張られたバーに多くの南京錠が取り付けられている。

 鐘の鳴る展望台下で早めの昼食を摂り、バンダナショットを撮影。十三峠を通り高安山へ向かう。高安山の三角点を踏破して降りてきたところで蓮さんから千代古齢糖神社のおみくじチョコレートをいただく。早速あけてみると新年早々縁起がいい『大吉』であった。

 高安山から信貴山まで、あとひとガンバリである。最後の急登を登りきると信貴山山頂に到着。空鉢護法でお参りを済ませ、500本あると言われる朱塗りの鳥居を抜け、朝護孫子寺へと下る。

 朝護孫子寺の境内は参拝客で大賑わい。今年は寅年なので例年以上に混雑しているようだ。朝護孫子寺境内の土産物屋で名物の寅まんじゅうを土産に購入。往時の枕木が残る東信貴鋼索線(1983年に廃止)の廃線跡を下り、近鉄信貴山下駅手前で、近鉄・JR・アワアワ組に分かれ解散となった。

 アワアワ組みは近鉄で王子まで出て、駅前のお好み焼きやでアワアワタイム。色々な話題で盛り上がり、楽しい一時を過ごしお開きとなった。

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■信貴山
 昔々...この山で聖徳太子が「寅の年、寅の日、寅の刻」に毘沙門天王の力を借りて世の中の平和を取り戻しました。
 そのことにより聖徳太子がこの山を「信ずべき、貴ぶべき山」として信貴山と名付け、 毘沙門天を祀るための寺院を創建しました。
 その後、命蓮上人(みょうれんしょうにん)が醍醐天皇の病気平癒を祈願され、 たちまち全快なされたことから大変お喜びになり「朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)」の寺号を賜りました。
 現在では、「信貴山の毘沙門さん」、「信貴山寺」などと呼ばれ、"商売繁盛"、"必勝祈願"、"金運招福"、"合格祈願"など 庶民信仰の場として広く親しまれています。
 また、巨大なトラの張り子「世界一の福寅」や「マンガ」のルーツと言われる「国宝、信貴山縁起絵巻」の展示など、 信仰、世代に拘わらず観光地としても安らぎの場としても何度も訪れたくなる不思議な空間、それが信貴山です。

■参加メンバー
mayumi&蓮さん・たろうさん・あっこさん・空っ風さん・高やん・ヨッシーさん・ワルツさんぐーちゃん・みのさん・スマトラさん・セージさん・やっほーさん・マユさん・白髭さん・りょうさん・ヒデさん・pekoちゃん・近江住宅さん・エトさん・しろさん・なためさん・ラスカルさん・凧さん・はちどりさん・smochさん・jennyさんDKさんなかじーさん・たかちゃん・りっこさん・YASSAN・yukisan春風さん・おむすびコロリンさん・O型さん・越路さん・濱やん・バッキンさん・マスター・pikkuさん・hidetyan・大将 以上43名
登頂日
2010年1月3日(日)
天 候
晴れ/曇り
同行者
囲炉裏村メンバー16名

清滝バス停⇒愛宕山鋼索線清滝川駅跡⇒鋼索線路跡⇒表参道⇒愛宕神社参拝⇒表参道⇒水尾分岐⇒ツツジ尾根⇒荒神峠⇒米買い道⇒落合⇒JR保津峡駅








 今年は毎年恒例の羽束山初日の出登山に行かなかったので、今回の愛宕山初詣が2010年の登り初めである。昨年は阪急嵐山から愛宕山登山口の清滝まで歩いたのだが、今回はJR京都駅からバスで集合場所の清滝へ向かった。

 清滝のバス停から登山口の鳥居前に移動。ここで参加メンバー全員が終結。簡単な自己紹介を行い出発。今回は愛宕山鋼索線(ケーブルカー)跡のさわりの部分を登り表参道に合流するルートを通るということで、愛宕山鋼索線清滝川駅跡から線路跡を上り始めたが、ほんの100mも登ったかどうかというところで表参道に合流。ほんとのほんとにさわりの部分だけであった。

 陽射しもあり暖かい中での出発で、少し歩くと暑くなってくる状態であったが、高度を稼ぐにつれ気温が下がってくる。七合目あたりから雪道となり、陽も陰り、風も出てきた。昨年同様、黒門でアイゼンを装着し愛宕神社へと向かう。

 愛宕神社本殿への階段下にある休憩所に到着。お参り後、三角点に移動し昼食の予定であったが、風もあり寒いのでこの休憩所で昼食を摂ることになった。休憩所にザックを置き空身で本殿に登りお参りをし、お神酒をいただいた。

 休憩所まで戻り昼食。昼食後下山。下山は表参道を下り、途中の水尾分岐で表参道から分かれ下る。杉の植林に覆われた荒神峠(長坂峠)で小休止。ここは庚申峠とも呼ばれ、昔から水尾と落合を結ぶ峠で、保津峡から尾根通しに愛宕山に通じる道がこの峠で交差している。かつては峠の茶屋や地蔵を祭る祠があり、杉の植林もなく京都の街が見下ろせたそうである。

 荒神峠から落合に抜ける米買い道を下る。清滝は稲作をする場所が少なく水尾方面に米を買いに行くのに利用されていたので「米買い道」と呼ばれるようになったそうだ。緩やかな九十九折の道を落合地区の車道に下り立った。ここから車道をJR保津峡駅まで歩き、本日の初詣登山は終了。列車で京都に戻り、いつものビアホールでアワアワタイムを楽しみ、生八橋を土産に買い帰路についた。

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■参加メンバー
たけちゃん・あやさん・RYUさん・どんかっちょさん・セージさん・白髭さん・マスター・サンペイさん・山雀さん・シャラさん・トリコローマさん・smochさん・jennyさん・まささん・濱やん・hidetyan・大将 以上17名

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